ベーカリーレストラン MARUKO

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昭和47年 (1972年)に 「レストラン オートピア」 として洋食をスタートし、その後、開花亭・花まるや と名を替えて、2005年にグランドピアノの生演奏と焼きたてパンを提供する洋食店としてリニューアルOPENしたベーカリーレストラン「MARUKO」。環七通りを葛西方面に進み、首都高「一之江出入口」を通り過ぎてすぐ左側にあるガソリンスタンドの隣という場所にあるのだが、環七通りから見えるのは、大きいがシンプルな看板のみなので、初めて訪れる人にとっては見落としがちになるかもしれない。しかし、ひとたび敷地に立ち入ると、普通のファミレスより広い駐車場が広がっているのは、さすがこの地に35年以上も根を下ろす老舗というところか。

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店内に入ると、入り口の目の前にご自慢のグランドピアノが設置されている。演奏自体は毎日18:30以降から始まるそうだが、昼間からすでに店全体が大人の雰囲気を携えている。この雰囲気の中では、子供連れは入りにくいのではと思ったが、開店から30分も経たないうちに、次から次へと子供をつれたお客が入ってくるところをみると、見た目よりも開放的なお店なのだろう。

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メニューも、老若男女を問わず誰にでも対応できるよう、とても種類が豊富。ハンバーグなどオートピアの時代から守り続けている伝統の味もあれば、近年は、洋食が会わないという方のために、特製チラシ寿司もメニューにある。

さて、料理なのだが、メインを4種類の中から選べる日替わりランチを頼もうかとも思ったが、一番人気という1日限定10食の「とろけるタンシチュー」を頼むことにした。値段は単品だと1,280円なのだが、ランチタイムだとスープとパン(またはライス)がついて1,000円とお徳なのだ。ちなみに日替わりランチのメインは「黒豚挽肉入りポテトコロッケ デミグラス味噌ソース」「たらのムニエル トマトソース」「鯵のポテトフライ カクテルソース」「チキンの照り焼 ゆず胡椒風味」という、何とも食欲をそそられる名前ばかりだが、今度来る時までのお楽しみにしよう。

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まずはスープ。クラムチャウダーを一口すする。うん、クリームスープに貝のダシが十分に出ていて、まったりとして非常に濃厚な味。塩加減もいい感じだ。一緒に出てくるパンは、半分に割るとまだ湯気が立つくらい焼きたてのあつあつで、パリッとふんわりのうえ、とても甘みがある。種類もクロワッサンにセサミロール、ミルクロール、ココナッツベーグル、よもぎパンなど実にさまざま。さすがパンを売りにしているだけある。しかもお替り自由なので、焼きたての匂いにつられて、つい食も進む。食事途中も、いろいろな種類のパンが次から次へと焼かれてサーヴしに来てくれるので、パン好きにはたまらない場所だろう。

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そしていよいよお待ちかねのタンシチューへ。デミグラスソースの中に、肉厚の牛タンが4枚と、野菜が入っている。驚くべきはタンの柔らかさだ。およそ1センチはあろうかというのに、なんの苦もなく切る事が出き、口に入れればまさにとろける柔らかさだ。そして味の個性の強いタンに負けないように、デミグラスソースは濃厚にして重厚。それがお互いに打ち消しあわずに個性を主張しているのだから人気があるわけだ。ちょっとお行儀が悪いが、残りのシチューにパンをつけながら食べてみたが、これもまた最高においしい。是非、試してみるべし。

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この店のメニューの、決して気取った味ではなく、どこか懐かしさも感じる味は、手作りのなせる業。質がよくて安価な素材を使い、手作り感を感じてもらうために、この店の料理はほとんど全て手作りをしているのだとか。支配人の高島さん曰く、「全国の人に愛される店を目指すより、まず地元に愛される店になりたいんです」。

ベーカリーレストラン「MARUKO」の80の客席は、今日も地元の人々で賑わっている。

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メニュー例:
日替ランチ…780円
土・日・祝限定ランチ…980円
豆乳シチュー…880円
和牛ステーキ(150グラム)…1,980円
森のきのこのパイ包みクリームスープ…480円
マルコ洋風ちらし寿司…1,280円

ベーカリーレストラン MARUKO
住所 東京都江戸川区一之江2-10-7
電話 03-3656-5211
http://www.maruko.org/

江戸川区役所

江戸川区役所

千葉街道沿いにある江戸川区役所は、本庁舎(第一庁舎)~第三庁舎と、少し離れた場所にある分庁舎に分かれている。窓口業務は通常の8:30 ~ 17:00のほかに、祝祭日を除く第1・3水曜日に区民課の窓口の一部を19:30まで延長している。

また江戸川区では、本庁舎と各事務所がオンラインで結ばれ、区役所以外に各事務所でも各種公共事務を行っており、戸籍・年金・福祉などの手続きなど、ほとんど各事務所で行えるようになっている。各事務所は、小松川区民館内、葛西区民館内、小岩区民館内、東部区民館内、鹿骨区民館内にそれぞれ設置されている。

江戸川区役所
住所:東京都江戸川区中央1-4-1
電話番号:03-3652-1151(代表)
受付時間:8:30~17:00
閉庁日:土・日・祝日・年末年始(12月29日~1月3日)
http://www.city.edogawa.tokyo.jp/

江戸川区立一之江第二小学校

江戸川区立一之江第二小学校

都営地下鉄新宿線「一之江駅」より徒歩約8分の、新大橋通り沿いにある小学校。最近は減ったようだが、このあたりは昔から、金魚の養殖が盛んなところで、校舎の外壁に描かれた大きな金魚がトレードマークになっている。

掲げる教育目標は、「よく考え進んで学習する子ども」「思いやりがあり助け合う子ども」「体力のある元気な子ども」の3つ。読み聞かせなど、地域との連携行事やPTA活動など、地域との「共育」を目指している。

江戸川区立一之江第二小学校
住所:東京都江戸川区春江4-16
電話番号:03-3654-9831(代表)
http://www.edogawaku.ed.jp/ichinoe2s/

休日をゆっくりと楽しめる一之江、船堀周辺

一之江の休日

一之江地区、船堀地区のある江戸川区周辺には、ファミリーで楽しめるレジャースポットが多い。例えば、葛西から千葉方面に向かって橋を渡れば、すぐにあの東京ディズニーリゾートが待っている。さらに、国道14号や357号を千葉方面にもう少し足を伸ばせば、ニッケコルトンプラザやららぽーとのような、大型のショッピング&アミューズメントモールもある。

しかし、「子供を育てるなら江戸川区」と言われるほど、子育て支援制度が充実している江戸川区。お金をかけずに楽しめる場所も、たくさんあるのだ。

その中の主だったものを見てみよう。

まずは何と言っても、自然の再生、そして共存をテーマに挙げた親水公園だろう。江戸川区には日本初の親水公園である「古川親水公園」をはじめとする5つの親水公園があり、一之江地区には「一之江境川親水公園」がある。

次に、瑞江にあるは「今井児童交通公園」。ここでは高さ3メートルほど上に設置されたレールを走るレインボーサイクルも、貸し自転車や足こぎゴーカートも無料で使用できるうえ、各所に信号や交通標識が設置されている1周500mの子供専用サイクリングコースがあるので、遊びながら交通ルールを覚えることもできる。もちろん、駐車場も無料。

そして葛西方面に向かえば、児童遊園スペースに加え、入場無料の動物園もある約3万平方メートルの公園、「行船公園」や、江戸川区球場、プールガーデン、フラワーガーデン、富士公園、なぎさ公園など24ヘクタールからなる、「総合レクリエーション公園」がある。さらに海の方向に進むと、キャンプ場やバーベキュー場、アスレチック広場があり、手軽に野外体験ができる「富士公園」や、ポニーランド、少年野球場、少年サッカー場、ゲートボール場などがある多目的公園の「なぎさ公園」。その先には、都市公園としては都内最大の「葛西臨海公園」が(公園内にある「水族園」「ホテルシーサイド江戸川」など、一部施設は有料)。

また、葛西とは反対の小岩方面に向かい、国道14号の市川橋東京側の袂から土手を降りた河川敷には「小岩菖蒲園」がある。ここには4,900平方メートルの菖蒲田があり、季節になると100種50,000本の花菖蒲で彩られる。

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お金を使えば簡単な上、それなりに楽しめるのは当たり前。でもお金を使わずたっぷり楽しんでこそ、江戸川区に来た甲斐があるのでは?今度の休日は、是非無料のレジャーを楽しんでみよう。

一之江、船堀で江戸情緒を感じる生活

一之江の歴史

一之江地域、船堀地域には、いや江戸川区の歴史を感じさせるものが数多くある。

いくつか挙げてみると、まずは田島家の一之江名主屋敷だ。もともと江戸川区は、平安末期から鎌倉時代にかけて葛西氏の領地だったようだが、区内の開拓が盛んに行われるようになったのは、江戸川が物資搬入の幹線交通路となった江戸時代である。江戸当時、江戸川区の半分は海で、この名主屋敷の辺りは農作物が豊富に収穫できる土地で、そのうち今の一之江地域の農家を取り仕切っていたのが屋敷の主人である田島家であり、一之江、二之江とあることから、名前は海の近くで行われた開墾順につけられたと思われる。

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次に妙宗大霊廟。これは、明治17年に設立に 日蓮宗の元僧侶、田中智学が「純正日蓮主義」を掲げて創始した在家仏教集団「国柱会」の本部で、田中智学のカリスマ性のもとに宮澤賢治や高山樗牛、石原完爾などの有名人をはじめ多くの人々が集まり、一時は日本の国粋主義の思想的支柱となっていた感もあったという。

新中川。実はここも江戸川区にとって、重要な歴史の記憶なのだ。新中川は、別名「中川放水路」という。これは、1938年に東京東部で起こった浸水戸数6万戸に及ぶ被害に、中川開削・改修を目的につくられた放水路。戦争激化のため一旦は計画中止になったものの、1947年のカスリーン台風による東京東部の再度の浸水により、1949年から再開され、1963年3月に中川放水路は完成した。この間、江戸川区などでは多くの家屋等の立退きを余儀なくされた歴史がある。

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一之江境川親水公園に行ってみると、モニュメントが設置されている。公園内には、復元された短い鉄橋と線路があり、公園のシンボルタワーのガラスケースの中には、トロリーバスと路面電車のブロンズ製オブジェが飾られているのだ。そして、近くの今井街道の歩道には、「マッチ箱電車」・「トロリーバス」という2種類のタイルが埋め込まれているが、これは、かつてこの地に城東電軌の都電江戸川線が走っていたなごりである。江戸川線は、城東電軌の今井線として大正14年12月31日に開通した、東荒川~今井橋を結ぶ全長3.2㎞の短い路線で、荒川放水路を挟んだ対岸の小松川線とはついに結ばれなかった、離れ小島的な路線だったという。その後、昭和17年からは東京市電となり、その10年後にはトロリーバス化されたという歴史を持っている。一之江は、都電が走る街だったのだ。

そして「佐々木養魚場」と「堀口金魚養魚場」。江戸の昔、隅田川の東流域には金魚の養魚場が数多く点在していた。多くの金魚売りは、今の墨田・江東エリアで金魚を仕入れ、「金魚~ぇ~、金魚ぉ~」と江戸の各地に売り歩きに行ったのだ。昭和の初めまでには、江戸川地方は金魚の3大生産地のひとつにまで成長したが、現在では数件が残るのみ。なんとか、江戸の情緒を少しでも長く残してもらいたいものである。

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