大隈庭園

早稲田大学内にあり、学生たちからは「キャンパスのオアシス」と親しまれている「大隈庭園」。

広い芝生と池がある和洋折衷式で、園内には高木から低木・生垣まで含めると1000本以上の樹木がある。花木はウメから始まりフジ・サクラ・ツツジ・ショウブ・モミジと季節感溢れる庭園で、学生はもとより訪れる人々の五感を楽しませている。

もとは、江戸時代には高松藩主松平氏の別邸であったが、1884年に早稲田大学創始者の大隈重信が屋敷を構え庭園を造った。大隈の没後、その遺志により屋敷と庭園は早稲田大学に寄付されたことが「大隈庭園」の始まりとなった。昭和20年の空襲で庭園は廃墟となったが、その後多くの人々の努力により、昔の景観が復元された経緯がある。

大隈庭園

大隈庭園
東京都新宿区戸塚町1
4~12月の授業実施日の月・火・木・金、11:00~16:00 雨天時は閉演の場合もあり

漱石公園

漱石公園

「漱石公園」は夏目漱石が晩年執筆活動で過ごした旧居「漱石山房」跡地に整備された公園。「漱石終焉の地」として新宿区立の公園となった。夏目漱石生誕140周年記念事業の一環として、2007年には改修工事が着工され、2008年に装いも新たにリニューアルオープンした。

夏目漱石はここ漱石山房にて「三四郎」「門」「彼岸過迄」「行人」「こころ」などの代表作を世に出しその後、「明暗」を執筆中に倒れた。当時は10畳の応接間を毎週木曜日をサロンとして門下生に開放しており(「木曜会」)、若き日の高濱虚子、森田草平、安倍能成、和辻哲郎、松岡譲、芥川龍之介などが名を連ねていた。

リニューアル後の公園内には漱石山房のベランダ部分が復元され、写真パネルなどで当時の様子がしのばれるようになっている。

漱石公園

漱石公園
東京都新宿区早稲田南町7